分布3,4,6,7):冬鳥として全国に飛来する。海外ではユーラシア大陸の高緯度地域で繁殖し、冬はヨーロッパやアフリカ大陸、インド、中国などで越冬する3,4)。
冬鳥として身近な環境に多数飛来するカモの仲間。青灰色で先端のみ黒い嘴が特徴的。個体数の多いカモだが、国内の近年の越冬数は減少傾向にある。国内では幼鳥率も調べられており、1月には約15%と少なめであることが分かっている。
ヒドリガモの概要
希少度 | : | ★(ごく普通) |
全長1) | : | 45-51㎝ |
生息環境4) | : | 河川、池、湖沼、海岸など |
学名2) | : | penelope…ギリシャ神話の登場人物に由来 |
英名5) | : | Eurasian Wigeon「ユーラシア大陸のヒドリガモ」 |
ヒドリガモの形態
※この項の記述は少ない観察経験に基づいており、誤りや不正確な表現を含む可能性があります。
その点ご了承の上ご覧ください。
オス成鳥
オス成鳥生殖羽
オス成鳥生殖羽。
雨覆が白いことで第1回生殖羽と識別できる4)。
翼鏡は光沢のある緑。
嘴は青灰色で、先端が黒色(雌雄共通)。
オス成鳥生殖羽(同一個体)。
頭部の大部分は赤茶色で、目先から頭頂部にかけてはクリーム色。
個体により、眼の後方は緑色を帯びる。
オス成鳥生殖羽(別個体)。
本種は水面に浮いている状態でも雨覆が見えている場合が比較的多い。
オス成鳥生殖羽(別個体)。
斜め上から見た様子。
オス成鳥生殖羽(別個体)。
雨覆が白いのはオス成鳥のみ。
オス成鳥生殖羽(別個体)。
大雨覆の先端は通常黒い8)。
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中。
エクリプスはメスと似るが、肩羽などに生殖羽が現れていればメスとの識別は容易。
幼羽とも似るが、嘴の青灰色と黒のコントラストが明瞭なこと、頭や脇の赤みが強いこと等で識別可能4)。
同一個体。
この写真のように雨覆が見えていれば、純白であることで簡単にオス成鳥と判断できる。
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
雨覆は見えないが、前述の嘴の特徴のほか、脇羽が幼羽より丸みが強いことでも成鳥とわかる4)。
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
換羽の進行スピードには個体差があり、同時期でも様々な羽衣の個体が見られる。
オス成鳥エクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
翼の大部分は越冬地で換羽しないため、エクリプスと生殖羽の翼のパターンに大差はない。
三列風切は換羽するが、黒みが増す程度で見た目に大差はない。
オス幼鳥
オス幼羽→第1回生殖羽移行中
オス幼羽→第1回生殖羽移行中。
肩や脇に第1回生殖羽が現れ始めているが、幼羽の特徴を多く残した個体。
嘴もまだ色が鈍い。
メス幼羽と比較し、肩羽に横斑が多い傾向がある。
オス幼羽→第1回生殖羽移行中(別個体)。
成鳥のエクリプス→生殖羽移行中と似るが、最も分かりやすい違いは雨覆で、成鳥のように真っ白ではなく、灰褐色で白い羽縁がある4,8,9)。
オス幼羽→第1回生殖羽移行中(別個体)。
肩羽や脇羽にも幼羽が残り、エクリプス(成鳥)とは形状などが異なる。
同一個体。
雨覆は真っ白ではない。
オス幼羽→第1回生殖羽移行中(別個体)。
この個体のように喉の黒いオス個体はしばしば見受けられるが、要因は不明。
体色や換羽スピードなど、個体差の大きい種である。
オス第1回生殖羽
オス(ほぼ)第1回生殖羽。
ほぼ第1回生殖羽だが、三列風切は褐色みが強く、幼羽を残していると考えられる。
白い羽縁のある雨覆が幼鳥であることを示している。
オス第1回生殖羽(別個体)。
三列風切まで換羽した個体。
雨覆には個体差が大きく、このように羽縁が目立たない個体もいる9)。
メス成鳥
メス成鳥生殖羽
メス成鳥生殖羽。
生殖羽は非生殖羽とよく似るが、特に三列風切で違いが分かりやすく、非生殖羽にはない橙褐色斑が現れる4)。
メス成鳥生殖羽(別個体)。
雨覆の白い羽縁が明瞭で、地色とのコントラストがはっきりしている点が幼羽との違い4,8,9)。
このように喉の白いメス個体はしばしば見受けられる。
メス成鳥生殖羽(別個体)。
雨覆の羽縁が明瞭。
同一個体。
内側雨覆(三列雨覆)は幼羽より幅広く、羽縁が明瞭な傾向9)。
メス成鳥生殖羽(別個体)。
雨覆の羽縁が明瞭。
メスにも翼鏡に緑光沢のある個体が見られる9)。
メス成鳥生殖羽(別個体)。
雨覆の羽縁が細めの個体。
中雨覆が一枚換羽している。
メス成鳥非生殖羽→生殖羽移行中
メス成鳥非生殖羽→生殖羽移行中。
雨覆の白い羽縁が明瞭なのがメス幼鳥との識別点。
三列風切は非生殖羽。
メス成鳥非生殖羽→生殖羽移行中(別個体)。
同一個体。
成鳥は大雨覆先端に黒色部が入る傾向(幼鳥でも入ることがある)。
メス成鳥非生殖羽(?)
メス成鳥。
非生殖羽では嘴のコントラストが不明瞭。
頭部などがかなり濃色で、典型から外れる外見の個体。
同一個体。
雨覆はかなり白く見える。
メス幼鳥
メス幼羽
メス幼羽。
幼羽は胸~腹に特有の小斑が整然と並び、脇羽は先が尖る傾向4)。
嘴はコントラストが不明瞭4)。
雨覆は褐色で羽縁が目立たない傾向4,8,9)。
同一個体。
オス幼羽との違いは、メスでは①雨覆の地色の白みが弱い、②肩羽に横斑が出ない傾向、③肩羽最後端の羽の地色が褐色で羽縁が白く目立つ、④翼鏡の緑光沢がふつうない、などを総合して判断する4)。
いずれも個体差があるため注意。
メス雄化個体
メス雄化。
胸~脇に粗い横斑が出るのが典型的な雄化個体の特徴。
同一個体。
雨覆はメス成鳥のものに近い。
頭部の色彩は中間的。
メス雄化(別個体)。
雨覆がかなり白くなっている。
肩や脇にオスのような波状斑が出現している。
メス推定雄化(別個体)。
外見はほぼメス成鳥だが、肩羽や脇羽の先端に波状斑が現れているように見受けられる。
年齢・雌雄の識別
オス成鳥はシーズンを通して雨覆が純白で、他と異なるため識別は容易。
また生殖羽が現れていれば雌雄の識別も容易。
幼羽の雌雄の識別
秋口にはほぼ完全な幼羽が観察されることもあり、雌雄の識別が問題となる。
オス幼羽の特徴は、
①雨覆の地色の白みが強い(メスは弱い)
②肩羽に横斑が出る傾向(メスにはあまり出ない)
③肩羽最後端の羽の地色が白っぽい(メスは褐色で羽縁が白く目立つ)
④翼鏡の緑光沢がふつうある(メスにはふつうない)
など4)。
ただし、いずれも個体差がかなりあるため注意。
メスの年齢の識別
春に近づくと生殖羽に換羽が進み、メス成鳥とメス幼鳥の識別が難しくなる。
雨覆は越冬地ではほぼ換羽しないため、識別の大きな手掛かりとなる。
メス成鳥の特徴は、
①雨覆の白い羽縁が明瞭(幼羽は羽縁が狭いもしくは無い傾向)
②下中雨覆、下小雨覆の白い羽縁が明瞭(幼羽ではやや不明瞭な傾向)
③三列雨覆(旧羽)の幅は広く先が丸く、白い羽縁が明瞭(幼羽は個体により先が丸い~尖り、羽縁が不明瞭な傾向)
④大雨覆の外側から10枚目(S10)はふつう純白(幼羽では汚白色~灰褐色)
など4,9)。
ただし個体差があり、条件により確認しづらいため注意。
他種との識別
オス生殖羽の識別は容易だが、アメリカヒドリとの交雑により判断の難しい場合がある。
それ以外の羽衣では他のカモに似るが、嘴のコントラストがはっきりしている場合は識別が容易。
また、配色の似るホシハジロと間違えられることがあるため注意(体型が全く異なる)。
幼羽では嘴のコントラストがはっきりせず他のカモと似るが、脇羽が斑の目立たない淡橙褐色である点で(アメリカヒドリ以外とは)問題なく識別可能。
アメリカヒドリとの識別
アメリカヒドリとはオス生殖羽であれば識別は容易。
ただし交雑により中間的な個体が比較的よく観察されるため注意。
詳細は画像を参照。
また、メス成鳥や幼羽においては両種の識別はより難しくなるが、アメリカヒドリにおいては
①頭が灰色の傾向
②脇羽はほぼ純白
③嘴基部にふつう黒斑がある
ことにより識別可能4)。
また、アメリカヒドリのオス幼鳥やメス成鳥ではヒドリガモよりも雨覆の白化傾向が強く、大雨覆が明らかな白色帯を形成することも識別点となる。
ただしオス生殖羽と同様、交雑による中間個体の存在に注意する必要がある。
分類
亜種はない(単型種)5)。
Mareca属について
本種はマガモ属Anasに分類されてきたが、最近の分類ではAnas属を細分化する説があり(例えば5))、本サイトではこれに従っている。
その場合、Marecaはヒドリガモのほかオカヨシガモやヨシガモなど5種からなる属となる(絶滅種を除く)5)。
ヒドリガモの生態
食性
ヒドリガモは主に植物食で、海では海藻や海草、内水面では植物の葉、根、茎、種子などを食べる4)。
河川敷や池の周囲の草地に集団で上陸し、芝や青草を摂食する様子もよく観察される4)。
人間が与えるパンに餌付いている様子もしばしば目にするなど、身近な存在のカモである。
茨城県におけるハゴロモモに対する摂食行動を観察した事例では、ヨシガモやオカヨシガモと同様、オオバンにつきまといオオバンが潜水採餌した水草を奪う行動が確認されている10)。
また本種は数が多く、ムギ類や養殖ノリへの食害が問題となる例がある11,12)。
越冬個体数
ガンカモ調査における日本国内の越冬個体数は2007年度に200,000羽を超えたが、その後減少傾向となり2021年度には146,500羽となっている7)。
2021年度ガンカモ調査における水面採餌ガモのうち、個体数としてはマガモ、カルガモ、オナガガモについで4位となっている7)。
幼鳥率
バードリサーチによって全国67カ所で実施された調査では、オスの幼鳥率の中央値は1月で約15%であり、3月には20%をやや上回る程度に増加していた13)。
この割合はイギリスにおけるヒドリガモの幼鳥率や他種における例と比較しても低いとされ、幼鳥の死亡率が高いことや日本が越冬地の北限にあたることなどが理由として考察されている14)。
文献
1)桐原政志・山形則男・吉野俊幸 2009. 『日本の鳥550 水辺の鳥 増補改訂版』文一総合出版.
2)James A. Jobling 2010. Helm Dictionary of Scientific Bird Names. Christopher Helm.
3)榛葉忠雄 2016. 『日本と北東アジアの野鳥』生態科学出版.
4)氏原巨雄・氏原道昭 2015. 『決定版 日本のカモ識別図鑑』誠文堂新光社.
5)Gill F, D Donsker & P Rasmussen (Eds). 2023. IOC World Bird List (v13.2). doi : 10.14344/IOC.ML.13.2.
6)バードリサーチ・日本野鳥の会 2023. 『全国鳥類越冬分布調査報告 2016-2022 年』
7)環境省自然環境局生物多様性センター 2023. 第 53 回ガンカモ類の生息調査報告書.
8)Jeff Baker 2016. Identification of European Non-Passerines. Second Edition. British Trust for Ornithology.
9)Mouronval, J.B. 2016. Guide to the sex and age of European ducks. Office national de la chasse et de la faune sauvage, Paris
10)渡辺朝一. (2014). 外来沈水植物ハゴロモモが繁茂するため池で見られた水鳥の採食行動. Bird Research, 10, S5-S11.
11)藤井寿江, 松本英治, 白井英治, & 青木英子. (2020). ため池周辺の麦作圃場におけるヒドリガモの採食時間と被害圃場の立地条件. 香川県農業試験場研究報告= Bulletin of the Kagawa Prefecture Agricultural Experiment Station, (71), 47-55.
12)武田和也, 山本有司, & 岩田靖宏. (2016). 三河湾のノリ養殖漁場周辺で越冬するカモ類の消化管内容物について.
13)バードリサーチ 2017. バードリサーチ水鳥通信 2017年7月号. retrieved 2024/3/23 from https://www.bird-research.jp/1_publication/Waterbirds_newsletter/index.html
14)バードリサーチニュース2018年5月: 1 【参加型調査,活動報告】retrieved 2024/3/23 from https://db3.bird-research.jp/news/201805-no1/
編集履歴
2024/3/23 公開