植物 > 被子植物 > オモダカ目 > サトイモ科 > テンナンショウ属
分布1,2):北海道(南部)、本州の広範囲、四国、(九州北部)。日本固有亜種。
「浦島太郎の釣り糸」のような長い付属体が特徴的なテンナンショウの仲間。この釣り糸のような器官は花粉を媒介するキノコバエなどのハエをおびき寄せるために重要な役割を果たしていることが分かっている。他にも雌花序から生きて脱出できるキノコバエの存在が最近になって報告されるなど、送粉者との関係が非常に面白い植物である。
ウラシマソウの概要
花期2) | : | 3-4月。 |
希少度 | : | ★★(普通) |
生活形 | : | 多年草 |
生育環境2) | : | 林下、林縁 |
学名3) | : | thunbergii…スウェーデンの植物学者カール・ペーター・トゥーンベリへの献名 urashima…和名から |
ウラシマソウの形態
花
花序は地際につき、付属体は先が糸状となり長く伸びる。
この付属体を浦島太郎の釣り糸に例え、「ウラシマソウ」という和名となったとされる1)。
仏炎苞の口縁部は紫褐色、舷部も少なくとも内側が紫褐色2)。
仏炎苞筒部は白地に紫褐色の斑がある2)。
基亜種のナンゴクウラシマソウでは付属体の基部が黄白色で明らかに肥大し襞が発達するが、ウラシマソウでは基部まで紫褐色2)。
偽茎部は葉柄より遥かに短い2)。
展開前の花序。
葉
葉は1枚で鳥足状に分裂する2)。
小葉は11~21枚2)。
ナンゴクウラシマソウより小葉の幅が広い傾向で、ふつう白斑はないがあることもある2)。
小葉の数には幅があるが、葉は常に1枚。
日本海側の離島の低標高の路傍に群生していたウラシマソウ。
盛んに小イモを作って栄養繁殖するため、群生する傾向がある。
ナンゴクウラシマソウはこのような性質は弱い2)。
展開して間もない葉。
本種の葉はやや光沢がある。
識別
ナンゴクウラシマソウはウラシマソウの基亜種で、より南寄りに分布する。
一部では分布が重なり、花序付属体の形態が両亜種の中間的な個体が見られることがある2)。
ヒメウラシマソウは別種で、山口県と九州に分布する。
ウラシマソウ | ナンゴクウラシマソウ | ヒメウラシマソウ | |
---|---|---|---|
分布 | 北海道南部~四国、(九州北部) | 近畿、中国、四国、九州 | 山口、九州 |
花序の付属体基部 | 紫褐色 | 黄白色で膨大し襞がある | 紫褐色 |
仏炎苞内側の斑紋 | 白いT字紋はない | 白いT字紋はない | 白いT字紋が目立つ |
小葉の数 | 11-21枚 | 11-17枚 | 7-13枚 |
小葉の形状 | – | ウラシマソウより幅が狭い | 中央の小葉が他より大きい |
小葉の白斑 | 時にある | しばしばある | ない |
また、台湾には別亜種タイワンウラシマソウA. thunbergii subsp. autumnaleが分布し、仏炎苞の形態が異なるほか、野生下では秋に開花する2)。
ウラシマソウの生態
訪花昆虫の種類
茨城県と静岡県の計2カ所で訪花昆虫(ポリネーター候補)を調べた研究7)では、17科27属109個体の昆虫が採集された。
採集されたうちの66%はテンナンショウ属の送粉昆虫として一般的なキノコバエ類であったが、残りはタマバエ科やノミバエ科など他のハエ目昆虫であった。
付属体(“釣り糸”)の役割
テンナンショウ属において、花序の付属体は送粉者であるハエを呼び寄せる臭いを出すことが知られている4)。
Suetsugu et al. (2022)5)は、ウラシマソウの付属体の糸状部分を切除することでナミキノコバエ属Mycetophila spp.の訪花が有意に減少するとともに結果率が低下することを明らかにし、この糸状の部分が送粉者の誘引に重要な役割を果たしていることを示した。
同時に、他のハエの訪花数が糸状部分の切除だけでは減少しなかったことから、このナミキノコバエ属が本種の主要な送粉者として機能していたことも示された。
一方で送粉者を誘引する具体的なメカニズムについては不明とされている。
ウラシマソウから脱出できるキノコバエ
基本的にテンナンショウ属は送粉者を最終的に「殺す」植物として知られてきた。
すなわち、雄花序には脱出孔があるが、雌花序にはなく、受粉を終えたキノコバエはそのまま雌花序内で死ぬというものである。
しかしSuetsugu et al. (2024)6)は、ヨコヤマクシバキノコバエSciophila yokoyamaiという特定のキノコバエがウラシマソウの雌花序からほぼ確実に脱出できることを報告した。
さらに花序内に産卵していることも確認され、産卵場所としてウラシマソウの花序を利用したうえで脱出していることが明らかとなった。
分類
本種やヒメウラシマソウ、マイヅルテンナンショウは、日本産テンナンショウ属では3種のみが含まれるウラシマソウ節sect. Flagellarisaemaに属し、他の国産テンナンショウ属とは遺伝的に離れている2)。
このウラシマソウ節には他に中国、アメリカ、メキシコに3種がある2)。
文献
1)大橋広好・門田裕一・木原浩・邑田仁・米倉浩司(編) 2015.『改訂新版 日本の野生植物 1 ソテツ科~カヤツリグサ科』平凡社.
2)邑田仁・大野順一・小林禧樹・東馬哲雄 2018. 『日本産テンナンショウ属図鑑』北隆館.
3)Lorraine Harrison 2012. Latin for gardeners. Quid Publishing. (ロレイン・ハリソン 上原ゆう子(訳) 2014. 『ヴィジュアル版 植物ラテン語辞典』原書房.
4)Vogel, S., & Martens, J. (2000). A survey of the function of the lethal kettle traps of Arisaema (Araceae), with records of pollinating fungus gnats from Nepal. Botanical Journal of the Linnean Society, 133(1), 61-100.
5)Suetsugu, K., Nishigaki, H., Fukushima, S., Ishitani, E., Kakishima, S., & Sueyoshi, M. (2022). Thread-like appendix on Arisaema urashima (Araceae) attracts fungus gnat pollinators. Ecology, 103(9), e3782.
6)Suetsugu, K., Nishigaki, H., Sato, R., Kakishima, S., Ishitani, E., Fukushima, S., … & Sueyoshi, M. (2024). Fungus gnat pollination in Arisaema urashima: the interplay of lethal traps and mutualistic nurseries. Plant Biology.
7)Tanaka, N., Sasakawa, M., & Murata, J. (2013). Pollinators of Arisaema thunbergii subsp. urashima (Araceae) in Japan. Bulletin of the National Museum of Nature and Science, B (Botany), 39, 21-4.
編集履歴
2024/12/7 公開