分布1):北海道~九州。日本固有種。関東~中部山岳地帯や紀伊半島南部、四国南部などには分布しない。
春から初夏に日本各地で見られるカワトンボ科のトンボ。アサヒナカワトンボと極めてよく似ており、識別には細心の注意を要する。オスの翅の色の違いにより、繁殖行動に明確な差があることが知られている。
ニホンカワトンボの概要
出現時期1,2) | : | 晩春~初夏。近畿では5月に多い。 |
希少度 | : | ★★(普通) |
全長1) | : | オス50-68㎜、メス47-61㎜ |
生息環境 | : | 平地や丘陵地の抽水植物や沈水植物が繁茂する比較的明るい清流3)。時にかなり大きな河川の中流域や畦間を流れる小川にも見られる3)。アサヒナカワトンボよりも下流側の開けた河原に出現する傾向2)。 |
産卵1,2) | : | 単独で朽木などに産卵する。産卵中、橙色翅型オスは近くに静止し警護を行う。一度に複数のメスを警護する場合もある。 |
ニホンカワトンボの形態
オス
オスの翅色には多型があり、①橙色翅型、②淡橙色翅型、③無色翅型の3パターンが基本1)。
地域によって出現する翅色が異なる。
写真の個体は橙色翅型のオス(成熟個体)。
このタイプは成熟すると腹部に白い粉を帯びる。
一方、淡橙色翅型や無色翅型は成熟しても粉を吹かない個体が多い1)。
橙色翅型オス(未熟個体)。
橙色翅型の未熟個体は翅の不透明斑が淡色で目立ち、縁紋も白みを帯びている。
中部地方の大部分から近畿中北部にかけての中部日本では、オスは基本的に橙色翅型のみが分布する1)。
メス
メスにも翅色に多型があり、①淡橙色翅型と②無色翅型が存在する1)。
写真は背景の関係で分かりづらいが淡橙色翅型。
無色翅型メス。
北海道・東北のメスは無色翅型のみが出現するとされている1)。
無色翅型といっても完全な無色ではない点に注意。
識別
アサヒナカワトンボと極めてよく似ており、正確な同定には細部まで慎重に観察する必要がある。
ただし、地域によっては出現する翅色パターンが限られており、簡易的に同定できる場合もある(後述)。
なお、ミヤマカワトンボも翅が褐色だが、色のパターンがが明らかに異なる。
以下、ニホンカワトンボとアサヒナカワトンボの識別点について述べる。
雌雄共通の識別点
ニホンカワトンボは、アサヒナカワトンボより①胸部ががっしりしており、②翅脈が細かく、③縁紋が長くて基部寄りにある1,2)。
①について厳密には、ニホンカワトンボでは翅胸高が頭幅より長く、アサヒナカワトンボでは翅胸高が頭幅より短いことで識別するが2)、採集しないと正確な測定は困難である。
オスの見わけかた
ニホンカワトンボのオスには①橙色翅型、②淡橙色翅型、③無色翅型の3パターンがある。
一方、アサヒナカワトンボのオスは①橙色翅型、②無色翅型の2パターン。
橙色翅型オスの識別
このタイプは翅の色彩だけで種の識別が可能。
(1)ニホンカワトンボのほうが色が濃い1)。
(2)ニホンカワトンボにはアサヒナカワトンボにはない不透明斑が発達する1,2)。
無色翅型オスの識別
上記「雌雄共通の識別点」をもとに識別するしかない。
メスの見わけかた
ニホンカワトンボのメスには①淡橙色翅型、②無色翅型の2パターンがある。
一方、アサヒナカワトンボのオスはすべて無色翅型。
無色翅型メスの識別
基本的には上記「雌雄共通の識別点」をもとに識別するしかない。
ただし、採集できた場合には胸部腹面を確認することで多くの場合識別が可能2)。すなわち、
・ニホンカワトンボのメスは後胸後腹板前半部が黄白色。
・アサヒナカワトンボのメスは後胸後腹板前半部が通常黒い(ただし稀に黄白色)。
地域別の翅色出現パターン
本種は地域により翅色の出現パターンが異なる。
アサヒナカワトンボとの識別の大きな助けとなるため、分布も考慮して識別するのが現実的。
なお、本表はあくまで目安であるため注意。
アサヒナカワトンボの白濁翅型「シロバネカワトンボ」も除外してある。
詳細な分布地図は引用元1)を参照されたい。
伊豆半島の個体群
伊豆半島周辺の個体群は両種の雑種由来と考えられ、中間的な形態を示す1)。
他の地域でも交雑個体が見られる可能性があるため注意が必要である。
分類
ニホンカワトンボはアサヒナカワトンボと酷似しており、分類には混乱がみられた。
かつてニホンカワトンボは東日本の個体群がヒガシカワトンボ、中部以西の個体群がオオカワトンボと呼ばれていたが1)、その後これら2つがほぼそのまま1種にまとめられ和名も改称された。
生態
オスの翅色多型と繁殖戦略
本種のオスには前述の通り、橙色翅型・淡橙色翅型・無色翅型の3型が見られる。
このうち橙色翅型オスは縄張り占有を行い、メスに対して求愛を行ったうえで交尾し、その後産卵するメスを警護する。
一方の無色翅型オスは縄張り占有をせず、メスに擬態して近づき求愛もせずに交尾に至る、いわゆるスニーカーオスとしての戦略をとることが知られている1,2,4)。
文献
1)尾園暁・川島逸郎・二橋亮 2021. 『日本のトンボ 改訂版』文一総合出版.
2)山本哲央・新村捷介・宮崎俊行・西浦信明 2009. 『近畿のトンボ図鑑』いかだ社.
3)川合禎次・谷田一三 2018. 『日本産水生昆虫 第二版: 科・属・種への検索』東海大学出版部.
4)Tsubaki, Y. (2003). The genetic polymorphism linked to mate-securing strategies in the male damselfly Mnais costalis Selys (Odonata: Calopterygidae). Population Ecology, 45, 263-266.
編集履歴
2024/1/20 公開