コウライテンナンショウ Arisaema peninsulae

植物 > 被子植物 > オモダカ目 > サトイモ科 > テンナンショウ属

宮城県山元町 2024/4/20
※分布図は目安です。

分布1,2):北海道~中国、九州。キタマムシグサ型が中部地方以北に分布する。国外では朝鮮半島、中国、ロシア。

国内の広い範囲に分布するテンナンショウの仲間。分布域の北部で見られるキタマムシグサ型は比較的形態が安定しているが、分布域の西部では特に個体差が大きく正確な同定はしばしば困難。難解なテンナンショウ属においても分類上の課題を多く残した種である。

コウライテンナンショウの概要

花期2)5-6月ごろ
希少度★★(普通)
生活形多年草
生育環境1)主に山地や多雪地の林縁、湿った草地など
学名3)peninsulae「半島産の」※本種は朝鮮半島産の標本をもとに記載された。

コウライテンナンショウの形態

コウライテンナンショウは中部以北に分布するキタマムシグサ型と、分布域の西部で見られるそれ以外のものに大きく2分される。
キタマムシグサ型は形態にある程度安定した特徴が見られるものの、西日本(北陸以西)でコウライテンナンショウとされるものは形態的に安定せず、カントウマムシグサとともに属内で最も混沌とした分類群の一つとして知られている。
本項では典型的なキタマムシグサ型についてのみ記述する。
分布域西部のものについては識別の項で触れる。

宮城県山元町 2024/4/20

キタマムシグサ型について、仏炎苞は全体緑色2)
白条の幅が舷部で広がって半透明となるのが顕著な特徴である2)

北海道上川町 2016/6/23

キタマムシグサ型の舷部はドーム状に盛り上がる2)
舷部は筒部より短い2)

宮城県山元町 2024/4/20

トップ画像と同一株のキタマムシグサ型。
花序付属体は淡黄色で細棒状、直立または上部でやや前に曲がる。
明瞭に区別しがたい場合のあるカントウマムシグサとの識別においては、この付属体がやや細いという傾向が重要となる(ただし変異がある)。

宮城県山元町 2024/4/20

同一株。
小型の雄株で、仏炎苞下部にはポリネーター脱出のための穴が開いている。

北海道天売島 2016/6/21

北海道の離島で見られた個体。
小葉の数は少ないが、白条の広がりやドーム状の舷部と言った特徴はキタマムシグサ型のコウライテンナンショウであることを支持している。

北海道天売島 2016/6/21

同一株。
口部の開出部(耳状の部分)が狭い、または全く開出しないことは(キタマムシグサ型に限らない)本種の重要な特徴である2)

葉・全草

宮城県名取市 2023/4/16

葉は通常2個。
葉柄は偽茎部よりはるかに短い2)
小葉間には葉軸が発達し、小葉は9-17個2)
偽茎部の斑は目立たない傾向。

宮城県山元町 2024/4/20

基本的に花序は葉に遅れて展開し、花序柄は葉柄とほぼ同長または長い2)
通常全縁(鋸歯がない)2)

果実

果実は9月後半-11月ごろに熟す2)

識別

狭義マムシグサ群にあって、本種の重要な特徴は次の通り:
①仏炎苞が緑色
②仏炎苞口部の張り出しが狭いor無い
③花序付属体が細棒状
④偽茎部の斑は目立たない
ただし、いずれも変異があり明瞭に区別できるとは言い難い。他の狭義マムシグサ群との種の境界はしばしば非常に曖昧である。

中部地方以北に分布する「キタマムシグサ」と呼ばれる型は、正式に記載された分類群ではないが、上記に加えて次のような特徴を有するためある程度認識しやすい:
⑤仏炎苞舷部で白条が広がり半透明となる
⑥仏炎苞舷部がドーム状に盛り上がる

分布域の各地で他種との様々な移行型があり、定義の難しい種である。
カントウマムシグサは東北南部から九州にかけて分布し、形態的に極めて多様。仏炎苞が緑色のものは本種とよく似るが、基本的に花序付属体が根棒状で太い2)
ウメガシマテンナンショウは静岡県から中国地方にかけて分布し、早咲き(花序が葉身よりも明らかに早く展開する)で、偽茎部に斑が目立ち、仏炎苞舷部内面に隆起する細脈がない点が異なる2)
カラフトヒロハテンナンショウは国内では利尻島、礼文島に分布し、本種(キタマムシグサ型)と酷似するが、花序の位置が低い傾向があり、小葉も5-9枚と少ないこと、偽茎部に斑がないことが違いとされる。ただし中間型が多く、交雑が進んでいる可能性がある1,2)

本ページではキタマムシグサ型と判断した北日本の株のみを掲載している。
筆者自身の経験が不十分であるため、本種の識別についてこれ以上深掘りすることは避ける。

コウライテンナンショウの生態

性転換

雌雄偽異株で、株の成長に伴い雄株から雌株に性転換する2)

送粉昆虫(ポリネーター)

長野県における研究では、キノコバエ科のExechia seriataが主要な送粉者として機能していることが確認されている4)

分類

本種は朝鮮半島産の標本をもとに記載された。
基準標本が海外産であるものは、日本産テンナンショウ属としては本種とカラフトヒロハテンナンショウだけである2)
これに基づき、日本のコウライテンナンショウは北海道~北陸に分布するものと考えられてきたが、その後各地に類似の植物が見いだされ、現在では日本国内の広い範囲(四国など一部を除く)にあるものと認識されている2)

文献

1)大橋広好・門田裕一・木原浩・邑田仁・米倉浩司(編) 2015.『改訂新版 日本の野生植物 1 ソテツ科~カヤツリグサ科』平凡社.
2)邑田仁・大野順一・小林禧樹・東馬哲雄 2018. 『日本産テンナンショウ属図鑑』北隆館.
3)Lorraine Harrison 2012. Latin for gardeners. Quid Publishing. (ロレイン・ハリソン 上原ゆう子(訳) 2014. 『ヴィジュアル版 植物ラテン語辞典』原書房.
4)前田夏樹, & 高橋一秋. (2021). テンナンショウ属の開花・結実・花粉媒介・種子散布-浅間山の事例. 長野大学紀要42(3), 23-57.

編集履歴

2025/1/5 公開