ハシビロガモ Spatula clypeata

野鳥 > カモ目 > カモ科 > Spatula属

京都市左京区 2017/3/29
※分布図は目安です。

分布1,3,4,9,10):冬鳥として全国に飛来し、北海道ではごく少数が繁殖する1,4,9,10)。海外ではユーラシア大陸および北米の中~高緯度地域で繁殖し、冬は南方へ渡る3)

その名の通り幅広い嘴が特徴的なカモの仲間。この嘴は動物プランクトンを濾して食べるのに役立つと考えられている。集団でぐるぐると水面を旋回しながら採餌する行動が有名。形態の個体差が大きく、観察していて飽きないカモの一つである。

ハシビロガモの概要

希少度★★(普通)
全長1)43-56㎝
生息環境4)湖沼、池、河川、湿地など
学名2)clypeata…ラテン語「盾を持った」から
英名5)Northern Shoveler「北のハシビロガモ」(shoveler=シャベルで掬うもの)

ハシビロガモの形態

※この項の記述は少ない観察経験に基づいており、誤りや不正確な表現を含む可能性があります。
その点ご了承の上ご覧ください。

オス生殖羽

京都市左京区 2017/3/29

オス生殖羽は脇~腹の赤褐色が特徴的。
年齢は不明。

石川県 2016/4/10

オス生殖羽(別個体)。年齢不明。
腹まで赤褐色であることが分かる。
生殖羽では嘴は黒色。ただし、メスにも嘴の黒い個体がいる。

オス成鳥エクリプス

大阪市中央区 2014/9/9

オスは秋口にはメスに似たエクリプスと呼ばれる羽衣になる。
メス非生殖羽や幼羽に似るが、虹彩が明るい黄色であることで識別可能4)
また、三列風切のパターンでも識別できる。

大阪市中央区 2014/9/9

オスエクリプス(同一個体)。
三列風切の羽軸の白線が目立つ一方、羽縁に白線がほとんど入らないのがオスエクリプスの特徴である4)

大阪市中央区 2015/10/21

オスエクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
虹彩が明るいことや三列風切のパターンから成鳥と推定される。
脇などにエクリプスとも生殖羽とも異なる「サブエクリプス」と呼ばれる羽が一時的に出現するのも本種の特徴である4)

大阪市中央区 2015/10/21

オスエクリプス→生殖羽移行中(別個体)。
この時期のオス成鳥には嘴基部に三日月状の白斑が入る個体がよく見られる。

大阪市中央区 2023/12/30

オスエクリプス→生殖羽移行中。
脇に残る旧羽は先が尖らないエクリプスの形状である。

大阪市中央区 2023/12/30

オスエクリプス→生殖羽移行中(同一個体)。
雨覆の水色が鮮やか。
オス幼羽ではこれより水色が鈍く、大雨覆の白帯が細くなる4)

メス成鳥非生殖羽

大阪市中央区 2015/10/21

メス成鳥非生殖羽は主に秋口に見られ、3月ごろ6)にかけて徐々に生殖羽へと換羽する。
オスエクリプスは早い時期にはよく似るが、虹彩が黄色く、羽毛が全体に黒っぽいことで識別できる4)
幼羽ともよく似るが、詳細は幼羽の項を参照。
嘴に小黒斑が散在することもいい目安になる(幼羽の嘴は一様な橙色)4)

大阪市中央区 2015/10/21

メス成鳥非生殖羽(同一個体、中央)。
奥はオス幼羽。虹彩はオス幼羽のほうが明るい傾向(メスには個体差あり)。幼羽の嘴は無斑。
手前はオスエクリプス→生殖羽移行中。オス成鳥の虹彩は黄色。

メス生殖羽

石川県 2016/4/10

メス第1回生殖羽にほぼ換羽した個体。
メス非生殖羽と似るが、全体に淡橙色斑が出て明るい色彩に変わる4)
雨覆の青みが弱いこと、嘴が無斑なことなどから第1回生殖羽と推定される。

東京都千代田区 2016/2/19

メス生殖羽へ移行中(別個体)。
写真の個体も三列などは摩耗した旧羽である(幼羽かどうかは不明)。

雨覆が見えず年齢は不明だが、嘴に小黒斑があることなどから成鳥かもしれない。

オス幼羽

京都市中京区 2018/11/26

オス幼羽。
嘴は一様に橙色(幼羽の特徴)4)
胸から腹にかけては幼羽の小斑が整然と並ぶ。
虹彩はメス幼羽より明るく、オスエクリプスより暗い傾向4)
雨覆の水色もメス幼羽より鮮やかで、オスエクリプスより鈍い4)

オス幼羽→第1回生殖羽移行中(別個体)。
詳細は画像を参照。

東京都千代田区 2016/2/19

オス幼羽→第1回生殖羽移行中(別個体)。
雨覆の水色に褐色が混じっている点、大雨覆の白色部が小さく見える点などから幼鳥と判断した。

オス成鳥とオス幼羽の三列風切の違い。
幼鳥も春までには成鳥と同じような三列風切に生え変わることがあるため注意が必要。
なお、メス非生殖羽やメス幼羽の三列風切はオス幼羽と似ており、地色の黒っぽさはメス幼羽<オス幼羽。

年齢・雌雄の識別

虹彩の色の明るさはオス成鳥>オス幼鳥≧メス成鳥>メス幼鳥4)
雨覆の水色の鮮やかさはオス成鳥>オス幼鳥≒メス成鳥>メス幼鳥4)
ただしそれぞれ個体差がある。

三列風切のパターンでオス成鳥かどうかを見分けられる場合がある(上述)。
幼羽の嘴には小黒点は入らない(春までには入る個体もいる?)。
その他、脇や腹の幼羽が明らかに残っていればそれで見分けることができる。

他種との識別

嘴の形状が極めて特徴的なため、他種との識別は容易。

分類

亜種はない(単型種)。
本種はマガモ属Anasに分類されてきたが、最近の分類ではAnas属を細分化する説があり(例えば5))、本サイトではこれに従っている。
その場合、Spatulaはハシビロガモのほかシマアジやミカヅキシマアジなど10種からなる属となる5)

生態

食性

大阪市中央区 2015/10/21

ハシビロガモはケンミジンコ類等の動物プランクトンを好んで食べることが知られている7)
ただし必ずしも動物プランクトンだけを食べているわけではない7)

京都市中京区 2018/11/26

特徴的な嘴の形は水面の動物プランクトンを濾して食べる(水面濾過採餌=dabbling)のに最適化された形状と考えられている7)
ハシビロガモの嘴を観察すると、動物プランクトンを濾す際に役立つと考えられる櫛状の突起が並んでいるのが分かる。

富栄養化が進みプランクトンの増えた水域ではハシビロガモの群れが水面をぐるぐると旋回しながら採餌している様子を観察することができる。
動画は大阪城公園の堀において水面濾過採餌を行うハシビロガモの群れである。
水流を作り出すことでプランクトンを集め、効率的に採餌しているものと考えられる。

生息環境

越冬期のガンカモ調査では、河川での確認割合が他の旧マガモ属と比較して明らかに少なく、代わりに人造湖における確認割合が地点数・個体数ともに7割近くに及んでいた8)
これには上記のような富栄養化した水域で採餌するという生態が関係している可能性がある。

越冬個体数の推移

ガンカモ調査における越冬個体数は2000年ごろから15,000-20,000羽程度で推移しており、大きな増減はない8)

文献

1)桐原政志・山形則男・吉野俊幸 2009. 『日本の鳥550 水辺の鳥 増補改訂版』文一総合出版.
2)James A. Jobling 2010. Helm Dictionary of Scientific Bird Names. Christopher Helm.
3)榛葉忠雄 2016. 『日本と北東アジアの野鳥』生態科学出版.
4)氏原巨雄・氏原道昭 2015. 『決定版 日本のカモ識別図鑑』誠文堂新光社.
5)Gill F, D Donsker & P Rasmussen (Eds). 2023. IOC World Bird List (v13.2). doi : 10.14344/IOC.ML.13.2.
6)Jeff Baker 2016. Identification of European Non-Passerines. Second Edition. British Trust for Ornithology.
7)松原健司. (1996). ハシビロガモ Anas clypeata の嘴の形態と生息地選択性及び食性との関係. 我孫子市鳥の博物館調査研究報告5, 1-83.
8)環境省自然環境局生物多様性センター 2023. 第 53 回ガンカモ類の生息調査報告書.
9)バードリサーチ・日本野鳥の会 2023. 『全国鳥類越冬分布調査報告 2016-2022 年』
10)鳥類繁殖分布調査会 2021. 『全国鳥類繁殖分布調査報告 日本の鳥の今を描こう 2016-2021年』

編集履歴

2024/3/9 公開
2024/3/10 一部換羽に関わる部分をご指摘いただき修正。オスの三列比較画像を差し替え。
2024/3/11 生息環境、個体数の推移に関する記述を追加。