植物 > 被子植物 > オモダカ目 > サトイモ科 > テンナンショウ属
分布1,2):北海道南部、本州(東北~中国)、九州北部。日本固有種。福井県以北の日本海側に多い。
葉よりも低い位置に花をつけるテンナンショウの仲間。花序・葉のそれぞれに特徴があり比較的見分けやすい。テンナンショウ属の中では分布が広いほうだが、特に東日本の日本海側に多い。
ヒロハテンナンショウの概要
花期2) | : | 5~6月ごろ |
希少度 | : | ★★(普通) |
生活形 | : | 多年草 |
生育環境1) | : | 山地の林下、主にブナ帯 |
学名3) | : | ovale「広楕円形の」 |
ヒロハテンナンショウの形態
花・全草
花序は葉身より後に展開する2)。
仏炎苞は緑色または紫褐色2)。
仏炎苞が紫色のものをアシウテンナンショウとして区別することもあるが、地域的なまとまりはなく単純な変異と考えられる2)。
花序付属体は棒状、時に著しい太棒状2)。
仏炎苞の縦の白条が隆起するのも大きな特徴2)。
仏炎苞口部はやや広く張り出す。
仏炎苞の色としては緑色が一般的。
この株は上に掲載した紫色の花序の株と同所的に見られた。
なお、この写真からも分かるが、偽茎部は葉柄部より短い2)。
また、よく小イモを作り群生する傾向がある2)。
花序が葉よりも下につく(花序柄が葉柄より短い)ことも重要な特徴2)。
葉
葉は通常1個、小葉は5-7個で葉軸は発達しない(小葉の付け根が近接する)2)。
鋸歯はない2)。
小葉は写真の通り幅広いが、西日本のものはより細く、先が鋭く尖る傾向がある2)。
果実
果実は9-10月に熟す2)。
識別
本種の特徴は①花序が葉よりも低い位置につくこと、②葉がふつう1枚で、小葉が5-7枚と少なく葉軸が発達しない(=小葉の基部が互いにほとんど離れない)こと、③仏炎苞筒部の白条が著しく隆起すること、など。
これらの特徴がすべて確認できれば次の2種(イナ、ナギ)を除くテンナンショウ属他種と見分けられる。
イナヒロハテンナンショウは長野・岐阜などに分布し、極めて稀。仏炎苞の舷部が立ち上がり、並行に走る多数の白条が目立つ。
ナギヒロハテンナンショウは兵庫・岡山などに分布し、極めて稀。花序が葉身より早く開き、舷部内面が一様に紫褐色となる。
その他、和名にヒロハとつく種を以下に列挙する。これらの種には仏炎苞に隆起する白条がなく、分布もあまり被っておらず識別に迷うことはないと思われる。
シコクヒロハテンナンショウは形態的にやや離れた種で、静岡・山梨や四国・九州に分布し、葉にはしばしば粗い鋸歯があり、仏炎苞頭部に白条が目立たない。
ヤクシマヒロハテンナンショウはシコクヒロハテンナンショウの変種として区別されることがあるもので、屋久島に分布する。
ヒュウガヒロハテンナンショウは宮崎・鹿児島にあり、小葉間に葉軸がやや発達し、仏炎苞筒部に多数の半透明の白条が並行して並ぶ(ただし隆起しない)。
カラフトヒロハテンナンショウは北海道の利尻・礼文各島にあり、小葉間に葉軸がやや発達し、仏炎苞筒部の白条は半透明で隆起しない。
また、ユモトマムシグサはヒロハテンナンショウの仲間と姉妹群を形成するとされ、葉の形状などが似るが、葉は通常2枚、小葉に鋸歯が出ることがあり、仏炎苞頭部の白条は隆起しない。花序の高さは種内分類群により異なる。
ヒロハテンナンショウの生態
送粉者のキノコバエは性フェロモン類似物質に誘引されている?
本種(ヒロハテンナンショウ)とナギヒロハテンナンショウの雌花序の訪花昆虫相の違いを調べた研究では、それぞれ別種のキノコバエが優占していることが明らかとなった(属レベルでは同じAnatella属)5)。
また、同研究で雌花序から見出されたキノコバエはほぼすべてがオスであり、テンナンショウの花序が出す性フェロモン類似物質の違いが誘引されるキノコバエの種の違いに表れている可能性があると考察されている5)。
同様の訪花キノコバエの性比の偏りはホソバテンナンショウ・コウライテンナンショウを調べた別の研究でも報告されており、テンナンショウが性フェロモン類似物質を出すことでキノコバエを性的に騙す(sexual deception)ことが示唆されている6)。
こうしたキノコバエとの種間相互作用がテンナンショウの急速な種分化に寄与している可能性も考えられるとの指摘もある5)。
倍数体
本種には2・3・4・5・6倍体がそれぞれ知られており、4倍体が最も広く分布している2)。
分類
本種(ヒロハテンナンショウ)はかつてアムールテンナンショウの変種A. amurense var. robustumとされたが4)、現在では別種とされる1,2)。
なお、仏炎苞が紫褐色のものはアシウテンナンショウA. ovale var. ovaleとして別種とされたが4)、地理的なまとまりがないことがわかっている2)。
他にもカラフトヒロハテンナンショウはアムールテンナンショウとの差異が明瞭でなかったり2)、イナヒロハテンナンショウは当初アシウテンナンショウの変種として記載されていたり4)、アベテンナンショウやサドテンナンショウと呼ばれていたものが現在ではヒロハテンナンショウに含められていたり4)と、分類の混乱してきた種群である。
文献
1)大橋広好・門田裕一・木原浩・邑田仁・米倉浩司(編) 2015.『改訂新版 日本の野生植物 1 ソテツ科~カヤツリグサ科』平凡社.
2)邑田仁・大野順一・小林禧樹・東馬哲雄 2018. 『日本産テンナンショウ属図鑑』北隆館.
3)Lorraine Harrison 2012. Latin for gardeners. Quid Publishing. (ロレイン・ハリソン 上原ゆう子(訳) 2014. 『ヴィジュアル版 植物ラテン語辞典』原書房.
4)芹沢俊介. (1981). 日本産テンナンショウ属の再検討 (4): ヒロハテンナンショウ群とシコクヒロハテンナンショウ群. 植物分類, 地理, 32(1-4), 22-30.
5)Matsumoto, T. K., Sueyoshi, M., Sakata, S., Miyazaki, Y., & Hirobe, M. (2023). Two closely related species of the Arisaema ovale group (Araceae) selectively attract male fungus gnats of different Anatella species (Diptera: Mycetophilidae). Plant Systematics and Evolution, 309(1), 4.
6)Suetsugu, K., Sato, R., Kakishima, S., Okuyama, Y., & Sueyoshi, M. (2021). The sterile appendix of two sympatric Arisaema species lures each specific pollinator into deadly trap flowers. Ecology, 102(2), 1-5.
編集履歴
2024/12/18 公開
2024/12/23 識別の項に追記